認知症の人の思いを“紐解く”
認知症は、人それぞれ原因も違い、異なった症状が現れます。そのため、”認知症”とひとくくりにした、画一的な対応では、その人に馴染みません。認知症の人に穏やかになってもらいたいと、その課題を解決できるよう、いろんな方法を試したりしても、解決できないことが多いのではないでしょうか?大切なのは、関わった方法よりも、その状態をどう捉えていたかの理解を深めることです。対応が困難だと感じる症状を、本人の状態、介助者を含めた周りの状況、環境を考えながら、ひとつずつ紐解いていくことが、穏やかな生活に繋がります。
BPSD(行動・心理症状)との向き合い方
認知症介護を困難に思う理由の一つに、BPSDがあります。どうにか改善しようと奮闘すればするほど、興奮度合いが増してくることもあります。さらに、状況の改善がなければ、困難はより一層深まり、BPSDがさらに悪化していきます。こういった場合、介助者は改善されない理由を相手や周りの状況にに置き換えてしまう傾向にあります。見たり、聞いたりした介護方法で試しても、それは、認知症の人の個々の背景までは反映されません。そこで大切になるのは、認知症の人の視点から課題について考えてみることであり、本人が置かれた状況から、どういった思考を生んでいるかを知ることが大切になります。
記憶障害や見当識障害の中核症状に影響しているさまざまな要因で、夕方になるとソワソワして外に出ようとしたり、不安めいた言葉、表情がでてきます。いろんな角度や広い視野で症状を捉えて、ありのままを知ることが解決つながります。
認知症の人の思いを紐解いていく
認知症の人の思いを紐解くときには、8つの問いかけが必要になってきます。本人の感情や性格、環境や薬、家族や介助者、生活行為などを組み合わせて考えます。一つひとつの事実に対して、「なぜ?」「どうして?」と疑問を抱いて、理由を明確にしていくことが大切です。そして、その理由を分析していきながら、認知症の人、本人中心の思考で事実を整理していきます。さらには、本人の言葉や行動の意味を理解し、本人の気持ちに対して「なるほど」「もっともだ」と共感しながら、本人の視点から課題解決の糸口をみつけていきます。
《8つの問いかけ》
・病気、薬の副作用による影響
・身体的痛み、便秘などの体調
・悲しみ、怒りなど精神的苦痛
・周囲の人の関わり方や態度
・器具・物品等の物理的環境による居心地の悪さ
・要望・能力の発揮とのズレ
・生活歴・習慣と現状のズレ
・音、光、寒暖等の五感への刺激や苦痛を与えている環境
- 病気の影響や、飲んでいる薬の副作用による影響
本人の既往歴や治療中の病気や、薬の副作用の影響について考えます。高齢者は、複数の薬を飲んでいることが多いですが、薬の飲み合わせから、副作用を引き起こすこともあります。飲んでいる薬と、最近の様子や状態の変化を記録することが大切です。
- 身体的痛み、便秘・不眠・空腹などの不調による影響
痛みや便秘、不眠や空腹などの身体の不調に対する理解が難しく、本人の心の状態に影響することが多くあります。痛みや苦痛が生じていても、周囲の人に訴えることが出来ない場合もあります。はっきりとした意思表示も難しく、それが思わぬBPSDを引き起こしてしまうこともあります。毎日の体調確認や、食事や水分の摂取量、睡眠時間などを把握しておくと、早めの気づきを得られます。
- 悲しみ・怒り・寂しさなどの精神的苦痛や性格等の心理的背景による影響
精神的な苦痛や性格等の影響について考えるとき、大切なのは、表情、しぐさ、眼の動きなどの言葉以外のサイン(非言語サイン)をくみとり、それを引き起こしている背景について考えることです。「不安」や「不快感」、「歯がゆさ」といった心の痛みをくみとったり、本人にとって気持ちいいことは何かを考えてみてください。また、認知症になると、理性を保つことが難しくなり、性格や心情が変化することもあります。本人の性格等についての情報を得ることも大切になってきます。
- 音・光・味・におい・寒暖等の五感への刺激や、苦痛を与える環境
本人を取り巻く、さまざまな環境の見直しや、課題へどのように影響を与えているかを考えることも大切です。 音がうるさい・まぶしい・苦い・クサい・寒いや暑いといった五感へ働きかける苦痛を伴う刺激が、不快な気持ちを引き起こし、BPSDを引き起こしていないか確認してみてください。暗い場所では、不安になりますよね。今の環境が、落ち着ける居場所になっているかどうか、快適な刺激を受ける空間になっているかについても、見直しすることが必要となります。
- 家族や介助者など、周囲の人の関わり方や態度による影響
家族や介助者の関わり方が、本人へどのような影響を与えることに繋がっているかについて考えます。本人との関係性は複雑になりやすく、家族も本人も生活の中に持つ自信や誇りを失いかけている場合もあります。荒い言葉づかいや行為などの介助者による不適切なケアが、本人のストレスを引き起こす原因になっている場合もありますので、穏やかな関り、心の余裕を持った関りが大切となります。介助者側のケア方法、心理状態がどのような状況にあるか等を考えていくことが大切です。
- 器具・物品等の物理的環境の中での居心地の悪さによる影響
認知症の人にもできることは残っています。その能力を引き出すことや、意欲的な活動ができるような設え(住まい・福祉機器・物品等)になっているかを確認します。自分で出来ることが増えるほど、自信につながり、生きる意欲になっていくということを意識することが大切となります。
- 要望や能力の発揮と、介助者側のとの援助内容のズレによる影響
本人のためにと思ってしていることが、本人の精神的な負担になっていたり、プライドを傷つけたりしていないかを意識することが必要です。心身の状態や、本人の要望を踏まえて、できることは自分でやってもらうことが大切です自分自身の能力を適切に発揮できないと、ストレスや葛藤につながり、生活にハリがなくなってしまうことに繋がりかねないので注意が必要となります。
- 生活歴・習慣・なじみのある暮らし方と、現状とのズレによる影響
本人が大事にしていることや、こだわっていること、家族や知人・友人との関係性が続いているか、なじみのある生活ができているかが大切になってきます。本人が生きてきた時代背景、生活歴や暮らし方、本人の思い等の情報を把握して、現状とのズレを認識することが必要となります。
本人の症状をさまざまな角度から見えてきた事実を基に、その原因となるヒト・モノ・環境を紐解くことで、本当の課題が見えてきます。背景や原因は複雑に絡み合いながら、本人に影響を与えていくので、一つひとつ整理しながら、情報を集めていくことが大切です。
おわりに
認知症の人の不安や興奮などの症状は、いろんな原因が絡み合いっています。どうすれば、穏やかに過ごしてもらえるかを考えたとき、真正面から向き合うだけでは答えは見えてこないことも多くなります。一見、解決の糸口が見つからないようにも見える「認知症ケア」も角度を増やし、変えて、見つめることで、解決のヒントが見えてきます。今回紹介した8つの角度から見る視点で、その人を見てみることで、不安や怒り、寂しさの裏側にある、本当の気持ちを見つけやすくなると思います。
参考文献 認知症介護研究・研修東京センター「ひもときシート」